東京オリンピック


春一番早稲田松竹でやっている「東京オリンピック(1965年、市川崑監督)」を見てきました。

 オリンピックといえば6年後の来る2020年にも東京大会が決定したが、こちらのは1964年に開催されたかつての東京オリンピックの記録映画になります。記録映画とかドキュメンタリー映画なんて言うと単調でつまらなさそうな印象ですが、はたしてどうでしょうか。

 この作品、スポーツニュースやスポーツ番組の総集編のようなものをイメージしていると面食らっちゃいます。選手(今風に言うとアスリート)たちの肉体と表情の美しさを、もっと言ってしまえば身体の癖のようなものをデッサンをするように(超望遠レンズを巧みに駆使して)描いているからです。別に入賞もしていない砲丸投げ選手の投げる前のタイミングの取り方だとか、独立したばかりの共和国の無名陸上選手の選手村での慣れない生活模様を映像で見せて内面を洞察させることにも成功しています。マニアックな上に映像・音響がハイセンス過ぎたのでしょうか、当時オリンピック担当相だった河野一朗から「オリンピックの記録性を無視している」と猛烈に批判されたことも語り草となっています。 

 しかしながら記録映画としてもこれは良い出来です。

 選手村があった代々木公園周辺の映像が出てきます。現在では瀟洒な住宅が立ち並ぶこの地帯もかつては瓦屋根が軒を連ねる日本家屋で密集していました。近隣施設でトレーニングする外国人選手はその頃まだ日本にないアディダスのジャージを着ています。瓦屋根のグレートーンをバックに汗を流す姿は「静と動」の美しいコントラスト。今では見ることのできない光景でしょう。マラソンコースの新宿南口にはまだバラック小屋のようなものがあって高いビルはありません。沿道で応援する中には幼い妹をおんぶしている少年、割烹着に前掛けをつけた近所のおばさん。みんな今の日本人とは随分違う顔つきです。これを見ると、ああ日本という国がまだ若かったなという、青春を懐かしむような気持ちになるのはなぜでしょうか。

 この映画に登場する選手の中から誰か1人選べといわれたら、アベベ・ビキラに尽きるでしょう。甲州街道を表情を変えずに独走するその姿。まるで強い侍が刀を抜かずして眼力だけで相手を圧倒してしまうような強さです。顔つきは質素で実直、そしてこんなにしなやかで美しい筋肉を見たことがありません。沿道では多くの日本人が声援を送っています。このエチオピアからやって来たサムライが戦後復興を遂げ世界の大国に躍進する日本のシンボルであるかのように。彼の背後には東京の風景が川のように流れ、その流れはやがて次元を超えた抽象性となって見る者の五感を刺激する。劇場を離れた後もいつまでもアベベが脳裏を走り続けて止まない。