「稲妻」

 

映画女優高峰秀子さん亡くなってもうすぐ一年になる。名画座などでも特集上映が組まれていたが、おとといちょうど仕事の空き時間に成瀬巳喜男の「稲妻」がやっていたのでフィルムセンターに寄ってみた。
 これは何度か見ている本当に好きな映画だ
 父親が全員違う四人兄姉妹と根は優しいが無知な母親が東京の下町に暮らしているという設定。僕がおもしろいと思ったのは次女の光子の夫が死亡してその保険金がおりると家族みんなでその金と当てにしようと群がりだすところ、生活が苦しいとはいえ、みな欲深く、だらしなく、そして人間味がある。
 長女の縫子は強欲で、嫌らしい小金持ちの綱吉と高峰秀子演じる末っ子の清子との縁談を薦めようとするが、ダメ亭主に愛想をつかし、いつのまにか縫子自身が綱吉と深い仲になる。そして優しい次女の光子まで喫茶店の開業資金を援助してくれた綱吉とねんごろになる。清子はそんなだらしない姉達や家庭環境が嫌で嫌でたまらないのだ。でも、くよくよしたり、めそめそしたりしないで自分の力で前に進もうとする。映画の後半、世田谷に下宿先をみつけて1人で生活をスタートさせるときに、家具も何もない部屋で姉の光子に向かって「私、今に大きな本棚買って好きな本でいっぱいにするんだ。できたら夜学にも行くの」目を輝かせて言ったそんな台詞がとてもいい。そう、高峰秀子さん自身も、子供の頃から役者の仕事で小学校に一週間くらいしか通わせてもらえなかったらしい、ゆえに学びたいという強い気持ちがあったのだとか。役に深みがある。
 もうひとつ別の見どころとして、浦辺粂子演じる母と清子のテンポのいいやりとり。浦辺粂子のいぶし銀の演技にただうなった。
 母が清子の父にかつてプレゼントされたというルビーの指輪を見せて「みんなには内緒だよ」と言って清子に渡すくだり、話はそれるけど、このときの浦辺粂子は僕の祖母にどことなく似ている。祖母もよく「みなんには内緒だよ」と言ってお小遣いをくれたりしたからだ。
 また、世田谷の下宿で言い合いになった場面
「私のことなんか産んでくれなきゃ良かったのよ」
「おまえのことなんか産むんじゃなかった」
二人で散々泣きはらした後、清子は通帳を出して、着物を全部売ってしまった母に
「お母さん、着物買ってあげるわ、売れ残りの安いやつ」
「嫌だよ。売れ残りのなんか」
のところもすごくいい。