「多くの教科必要なのか」中学生からの問いかけ 上

◇多くの教科必要なのか 7月30日
中学生 岩瀬 夢15(東京都立川市


 中学校では様々な教科を学びます。国語、数学、理科、社会、英語、ほかにもたくさん。しかし、私は思うのです。「こんなにたくさんの教科を学ぶ必要が本当にあるのだろうか?」と。
 私は数学と理科が苦手です。なぜなら、食塩水の重さを求めたり元素記号を覚えたところで、それが将来何の役に立つのか全く解らないからです。確かに国語の漢字とか社会の公民などは、大人になったときに役に立つでしょう。
 しかし、例に挙げた数学や理科の知識はどうでしょうか。学ぶ必要は本当にあるのでしょうか。私は自分の将来の肥やしとならないのならば、学ぶ必要などないと思うのです。これはテスト前に一生徒が泣き言と言っているに過ぎないのかもしれません。
 でも、誰もが一度はこの思いを抱いたことがあるはずです。生きていく上であまり必要性のないことは、本当に学ぶべきでしょうか。

 これは7月30日付け東京新聞朝刊の読者からの投稿コーナーに寄せられた発言です。こうゆう中学生らしい意見って最近少ないですね。ともすると大人に迎合しちゃっているような意見を言う子どもが多いと感じる昨今ですが、実に率直な問いかけで文章もまとまっていていいなと感心しました。 すると、数日後の同紙投稿コーナーに、この中学生の問題提起に回答すうような形でさまざま意見が寄せられているのを読んでとてもおもしろいなあと思いました。
この中学生の質問に大人がどう答えているのか、ちょっと見てみたいと思います。

◇中学の知識社会で役に 8月6日
会社員 大竹 潤46(東京都豊島区)


 7月30日付本欄で、中学生が「多くの教科必要なのか」と問いかけていた。結論から言おう。人並みに生活したければ「必要だ」。社会に出ると、中学程度の知識すらない人が少なくないことに驚かされる。彼らはミスも多く、会話もつまらない。
 その結果、重要な仕事は任せてもらえず、低賃金にもつながる。中学生が苦手な食塩水の問題も「割合」の概念を教えるもので、社会に出ると「値段の価値の割合」など、さまざまな応用問題が待っている。
 元素記号は、例えば「JFEスチール」という会社があるが、J(日本)F(鉄)などと分かり、そうゆう雑学から商談が盛り上がることは多々ある。英語にしても、できる男はむしろ中学英語だけで商談する。そこで一つよいことを教えよう。「中学程度の知識があればスーパーサラリーマンになれる」

◇努力報いる社会築こう 8月8日
町議 中川登志男38(神奈川県寒川市)


 「多くの教科必要なのか」という中学生の問いかけ(7月30日付本欄)に「人並みに生活したければ必要」「中学程度の知識があればスーパーサラリーマンになれる」との回答が40代の方からあった(6日付け)。就職バブル世代らしい発想だと思った。
 私のような就職氷河期世代が体験したのは「勉強は必ずしも将来を保証しない」ということだ。今は良い就職に恵まれるかどうかは、高校や大学の卒業時の世の中の景気によって左右される。
 つまり、本人の努力もさることながら、運という要素も強くなってきた。そうした社会を見ているため、今の子どもたちは勉強の意義を感じられずにいるのではないか。
 大人がやるべきは「苦手教科の知識も将来役に立つことがある」との、通り一遍の説明をすることではない。努力の報いる社会の構築である。そうなれば子どもたちも勉強が将来につながることを実感でき、学習意欲も高まるのではないか。

 40代と30代の方からの投稿です。どちらも自らの経験に基づいた意見らしく真実味があります。一方はサラリーマンとして成功している方の意見だと思います。もう一方はその意見を受けて、就職等で希望を叶えるには努力だけじゃなくてその時代の景気に左右されてしまうんだという現実を説いています。でも、どちらも僕には中学時代の勉強を将来の見返りと結び付けすぎている気が若干します。 勉強が将来につながることを実感できる社会をつくることが大事だという意見は確かにそうなんだけど。

つづく